トップ> 管理人室> Column
Wine Column

“Love Love Time”
私的ワイン予想図2007                              (2007/2/20)
2007年もはや2ヶ月が過ぎようとしていますが、年末に当分ワインは買うまいと誓ったものの、まったく履行されておりません。振り返るとここ2ヶ月で購入したワインはほとんどがブルゴーニュ。年末にロブレ・モノのウス旨ワイン、年始にシュルグのしっかり旨ワインを飲んでから、ついつい癖になってブルを多めに仕入れました。

ボルドー離れということはないのですが、たとえば97や99のように廉価で今飲んでもそこそこ楽しめる親しみやすいヴィンテージが近年はないように感じます。クリマやテロワールによるものといえばそれまでなのですが、醸造技術の発達によりヴィンテージの個性が均一化されているようにも感じますし、何より2003年以降は価格も強気で正直戦意を喪失させられています。ボルドーラヴァーを自負するわたしでも堪忍袋の緒が切れそうな市場価格です。
そうは言っても、価格高騰はブルゴーニュも一緒で、むしろボルドー以前からその傾向があったようにも思います。同一の低価格帯で見れば、むしろブルゴーニュよりもボルドーのほうがコスパに優れたワインのラインナップが多いかもしれません。が、しかし、ドメーヌごとに際立つ個性はブルゴーニュに軍配があがると思いますし、飲んでいてあまり疲れないようにも感じます。

もともと「ボルドーワインの硬派なサイト」だったはずですが^^;徐々にボルドーワインを“中心”とした・・・になり、現在に至っています(笑)。
ここ数ヶ月のワイン呑みのペースとしては、普段は肩の力を抜いて飲めるローヌ。短期間内での節目節目にボルドー、癒しを求める時にブルゴーニュといったところです。当分このローテーションが続きそうな気もしますが、楽しんでこそのワインですから、2007年は気ままに飲んでいくと思います。もちろんボルドーへの思い入れやこだわりは持ち続けますよ。

さて、年末にこの記事を読み返したとき、いったいどのように振り返るかも楽しみでもあります。
年末年始に飲むワイン 2006〜2007年                 (2006/12/16)
今日は自宅ワインセラー(冷蔵庫型・約130本収納)の整理をしました。ワインが山積みでもはや指名のワインを取り出せる状況でなく、また年末年始にあける“とっておき”のワインを物色するためでもありました。

いやぁそれにしても私の所持するワインは若い。ちょっと偏りすぎですね。これからは新しいヴィンテージは控え、何年ぶりかに古酒集めでもしようかな。とはいえセラーは溢れかえっているので、ワインそのものの購入を当分やめるようですね。

そんなこんなで年末年始に開けるワインを選びましたが、
やはり若いヴィンテージが中心となっています。熟成してこそワインの真価を味わえるのは事実ですが、逆にそのワインの若い状態は今でしか味わえないわけです。

これ以外にもデイリークラスも織り交ぜる予定ですが、おおよそ下に記載したワインを中心に飲んでみるつもりです。全部は無理かもしれませんが、その日の気分や食事によって決めたいと思います。

タンドール コート・デュ・ローヌ・ヴィラージュ 2001
クードレ・ド・ボーカステル シャトー・ド・ボーカステル 2001
シャトーヌフ・デュ・パプ シャトー・ド・ボーカステル 2001
シャトーヌフ・デュ・パプ クロ・サン・タンドレ 1990

ロベール・シュルグ ブルゴーニュ・ルージュ 2003
バシュレ ブルゴーニュ・ルージュ 2003
ニュイ・サン・ジョルジュ1erCru クロ・デ・フォレ・サン・ジョルジュ 2004
ヴォルネイ ニコラ・ポテル 2003
エシェゾー ニコラ・ポテル 2003

レ・フォール・ド・ラトゥール 2002
ラ・ダーム・ド・モンローズ 2003
シャトー・カロン・セギュール 1996
シャトー・ラフィット・ロッチルド 1996
シャトー・ムートン・ロッチルド 1996
シャトー・ムートン・ロッチルド 1994
シャトー・ラトゥール 1999
シャトー・ラ・コンセイヤント 2000
シャトー・フィジャック 2000
シャトー・ラ・クースポード 2000
シャトー・ムートン・ロッチルド 2000
シャトー・クリマン 2003

ムートン2004年のラベルあれこれ                     (2006/11/18)
ボルドー・ポイヤックのシャトームートンロートシルトの2004年ラベルが発表されました。毎年アートラベルで飾られるムートンですが、今回のモチーフは風景画で“松”。南仏アンティーブ岬の松を英国皇太子が描いたそうで、英仏協商100周年を記念して作成されたとのこと。久々に「絵画」らしいラベルですね。

ワインはラベルやデザインでなく味で勝負!ってのは当たり前ですが、ことムートンだと話は別という方も多いのではないでしょうか。何せ毎年変わるラベルはコレク
ター心理をくすぐる訳でもあります。残念ながらわたしはムートンコレクターではないので、この2004年ものを手に入れる予定はありません。ちなみに1994〜2000年まではストックしております。2000年のエッチング仕様のボトルは別として、この中で私的にイケてるラベルはありませんでしたが^^;、2004年物のラベルはなかなか良いのではないでしょうか。
某ワインショップでは26,000円とのことですが、2005年プリムールの高騰に引きずられ高いように思います。2005年の作柄および価格ありきで設定されたというか。まぁ価格はムートンに限らず2004年ものは高値になるのでしょうけれど。そんなこんなで、一旦ボルドー離れしようかなぁなんて思っていたものの、ラベル発表につられて「ムートンだけは買っておこうかな」なんて方もいらっしゃるかもしれませんね^^
ボルドーサンテミリオンの格付けに(ちょっとだけ)物申す         (2006/9/18)
ボルドー・サンテミリオン格付け見直しが1996年以来10年ぶりに行われ、このたび発表されましたね。格付けの結果やシャトーの詳細などはこちらをご参照ください。
注目はやはりワインラヴァーにとってお目当てのシャトーが昇格を果たしたかどうかだと思いますが、皆さんはどうでしょうか。

今回の見直しでは、グランクリュクラッセから外れたシャトーが11もあり、この見直しが厳しいものであるように感じましたが、一方ではプルミエ・グランクリュクラッセBからは降格したシャトーは無く、トロロン・モンドとパヴィ・マカンの2シャトーが昇格して新たに加わりました。
実力は折り紙つき!プルミエ・グラン・クリュ・クラッセBに昇格したCH.トロロンモンド昇格が意外だなんて言わせない!堅牢な造りでプルミエ・グラン・クリュ・クラッセBに昇格したCH.パヴィ・マカン この格付けは、ネゴシアンやブローカーなどで組織される委員会により、テイスティングやテロワール、醸造データや取引価格などを基に審査されるそうですが、たとえばプルミエ・グランクリュクラッセBを見渡すと、どうもほんと
うにこの格付けにいて良いのか疑問のシャトーがありませんか?

カノン、トロットヴィエイユ、ボーセジュールあたりは、伝統と過去の一部のヴィンテージ頼みでこれといった記憶に残るワインがないシャトーのように感じますし、逆に何故パヴィ・デセスやカノン・ラ・ガフリエール、ラロゼあたりがこのクラスにいないのか疑問に感じます。

やはり10年というスパンでの見直しは短いようで長いように感じます。昇格したシャトーは向こう10年はどんなワインを造ろうとも(極論ですが)原則として現在の格付けを維持されますし、昇格できなかったシャトーは10年後の再チャレンジ、降格したシャトーは10年間の辛抱となりますから、緊張感を維持した良いワイン造りを生産者・消費者の双方から歓迎するなら、5年くらいにしてもよいのではと考えております。

まぁ頑なに手をつけようとしないメドックの格付けよりはよほど柔軟性はありますが。
ボルドーワイン2005年プリムール 購入の本音             (2006/7/12)

6月下旬から始まったボルドープリムール2005の販売。1級シャトーは驚愕の7〜8万円台。シュヴァルブランやオーゾンヌといった右岸のトップシャトーは12〜14万円。いずれも一本あたりの金額です。
消費者を置き去りにした価格は、どのショップもどんぐりの背比べ。高い=買えないの公式をこれほどまでに痛感したヴィンテージもないでしょう。巷では1945年や1961年といったヴィンテージになぞらえて価格をあおっていますが、将来、ほんとうに「世紀のヴィンテージ」としての存在感を示すかは未知数ですよね。

とまあ、ここまでは正論の愚痴をこぼしましたが、それでも購入したくなる。それがボルドーラヴァーの本性でもあります。
今回の狂気のヴィンテージに直面して気付いたことは、自分なりの購入スタイル(というか、購入ワインのポジションとでも言いましょうか)があることです。
そこで、実際に購入した2005年物を振り返り、なぜそのワインだったのかを自己分析したいと思います。

<Les Forts de Latour>
ラトゥールは一度味わうと、それを自分の日常にしたくなる。そんな魅惑のワインです。全てのヴィンテージにおいて、ラトゥールはどうなんだろうと飲みたくなります。しかしながら、1本8万円もするラトゥールをもはや当たり前に買えるはずもなく、正直、諸氏の評価が分かれている銘柄でもあり、パーカー氏の評価で釣り上がった分の価格に投資する気にもなれません。
そこでセカンドワインの選択が必然となってきます。1万円を超える価格ははっきり言って「高い」買い物ですが、ラトゥールを買えないための折衷案です。

<Ch.Pontet Canet>
大本命だったシャトーのセカンドワインは手に入れたけど、やはりそれは「セカンド」。手に入れて末永く付き合いたい、将来、当時を思い起こしながら抜栓したい。そんな長期熟成の期待に応えくれるワインが複数本欲しい。本来なら同銘柄で複数本ずつがベストだが、価格が価格だけに、ここはバラで各村から。
ポイヤックはぎりぎり購入意欲が保てる価格のポンテ・カネ。近年の品質向上は目覚しく、2級クラスの実力があるのは経験で承知済み。2005年というヴィンテージでさらにステップアップしているのではと、これぞ投資の醍醐味気分^^;

<Ch.Leoville Barton>
ビッグヴィンテージではこれまで裏切ることがなかったバルトン。硬いので時に開けづらいこともありますが、今回の長熟の主旨からはドンピシャリ。ラスカーズは何を勘違いしたか3万円台。ポワフェレとバルトン、どっちをとろうかと考え、迷わずバルトンは私だけでしょうか。

<Ch.Malescot St.-Exupery>
この銘柄は2005年物の中で、唯一格安感がありました(100歩譲ってですが)。マルゴー、パルメは手が出ません。マルゴー村が全般に良作だったようで、他銘柄も軒並み美味そうな出来栄えのようです。その中で、投資の楽しみも残し(比較的安い)、長熟も楽しめそうな上昇志向にある銘柄を選びました。マルゴー村のリストをざっと見渡したとき、自然と選んだワインです。

<Ch.Pape Clement>
高いワインです。98・99年あたりでは1級シャトーが買えた値段です。同年(98・99)のリューセックなら4本買っておつりがきます。
2005年はペサックレオニャンやマルゴーでシャトーの底上げが目覚しいらしく、とくに赤パプはすさまじいとの情報を知人からキャッチしていたことから、あえて手を出しました。
まず間違いなかろうと、夢を見て買った(買ってしまった)ワイン。

<Ch.Larcis Ducasse>
誰かさんが高評価をしたために、パプ・クレマンと同じ金額でいかにもといったワインのトロロンモンド。そんなサンテミリオンに、同じくらい評判がよく、少しでも安いワインがあれば、そちらに興味がわくのはこれまた必然でしょう。それがラルシ・デュカス。ただし、右岸だけあって安くありません。このワインは飲んだことがないこともあり、未知なる大物の予感に誘われました。

<Ch.Rol Valentin>
そんなこんなの2005年。飲み頃はいったいいつ?と考えると、先の6本はいずれも20年くらい先だと見当する。それでは自分で愉しむのにつまらないからと、やや早飲みできそうなワインを探していたところ、ロル・ヴァランタンが目に付く。そういえばこの銘柄も飲んだことないなぁ。一時流行ったけど、最近は価格も落ち着いているよう。何より2005年ものの右岸にして手ごろな価格であることが購入の最大の要因です。

そんな経緯で本日現在、とりあえず7本を購入。これにて終了のつもりですが、今後増えるかはわかりません。

ボルドーワイン2005年ものの動向                     (2006/4/30)

毎年5月に差しかかると、おおよそ固まってきたボルドープリムールの情報が聞こえてきます。2006年に販売されるプリムールは2005年もの。
降雨量が少なく、暑過ぎない好天に恵まれた2005年の気候は、収穫時からグレートビンテージになるのではとの情報が錯綜していました。

さて、ワイン・アドヴォケイトの最新号で、ワイン評論家のロバート・パーカーJr氏による2005年ものの評価が発表されました。
同誌によると、ワインの傾向としては2000年ものと類似しているとのことで、ボルドーの右岸・左岸を合わせて9本のワインが100点級の評価を得たようです。
ラトゥール(98〜100点)、マルゴー(96〜100点)、オー・ブリオン(96〜100点)、パプ・クレマン(96〜100点)、オーゾンヌ(96〜100点)、パヴィ(98〜100点)、パヴィ・デセス(96〜100点)、ペトリュス(96〜100点)、トロロン・モンド(96〜100点)

気になる価格ですが、日本での2000年ものの初値は約20,000円、その後わずか数か月で30,000円を越えました。記憶に新しい2003年ものは終始30,000円台でした。2005年物もおそらく30,000円を越えるでしょう。40,000円台の可能性も十分ありますね。

気になる銘柄としてはパプ・クレマン、トロロン・モンドでしょうか。いずれも各アペラシオンでは地味な存在で華々しい脚光を浴びることが少ないですが、今回の評価で価格も跳ね上がることでしょう。とはいえ、さすがに1級シャトーは真正面からは手が出ないので、この2つは2005年の最高峰といわれる所以を検証する銘柄として、何としても手に入れたいところです。

ワインの飲み方A 〜ワイン購入事情編                  (2006/3/19)
最近あることに気付きまして、それは自宅で保管しているワイン約200本はいずれも飲み頃が10年以上先のものがほとんどであることです。ボルドーでは96,98,00あたり比較的若いワインが中心です。
ワインの保存場所も限られていますし、ワインにかけるお金もそうそう多くはありません。そもそも今飲んで美味しい飲み頃に近いワインを買っておけばよかったわけですが、子どものvtや「ボルドー良年」の情報に踊っていた当時は、やみくもに買い求めていたのもまた事実でした。皆一度は通って気付く道なのかもしれませんが。

そこで、最近は今飲んで楽しめるワインのみを購入しています。
ボルドーなら90年前半のものでミディアム〜フルボディのものですね。80年代はあまり安くないことや保存状態が不安なことからなかなか買うに至りません。
ローヌもよく飲むようになりました。この地方は若いvtでもバランスが良いワインが多いですね。価格のレンジも大きな魅力です。ブルゴーニュは気になる銘柄はありますが、価格がネックですね。結局はボルドーの格付けワインを買うのと変わらないので買い控えています。

そういうわけで、当分の間は新しいヴィンテージのボルドーをしっかり買う予定はありません。プリムールで贔屓のシャトーを少し購入するくらいですね。余談ですが最近のプリムール価格は随分と強気ですしね。
手持ちのボルドーから飲み頃に入った物を飲み、新年ものはローヌで楽しむ。そんなリズムができています。

ところで、購入ワインの価格帯ですが、1本にかける金額としては、7,000円くらいまでがmaxです。この金額は、ワインラヴァーとしてはかなり高い金額だと思いますがいかがでしょう。この価格をもってしても、ほんとうに高品質で廉価だなぁというワインに出会うことは多くありません。ワインを離れれば7,000円はかなりの金額だと思います。なので、結果的に大枚を叩いたのになぁと後悔しないために、実際には5,000円以内で買うことが多いですね。

送料がもっと安く抑えられれば購入機会も増えるのですが。これはショップ側にも検討してもらいたいですね。
九州の親類@                                  (2006/3/11)
先週、福岡の親類に不幸があった。わたしが幼少の頃から、九州へ行けば必ずといっていいほど立ち寄った家の主人で、優しく、そして厳格な方だった。

昨年末から危篤状態が続いていたため、いつでも行く心の準備はできていましたが、訃報が届いた時は丁度、家族全員がインフルエンザや風邪に伏していたことと、私の仕事でどうしてもはずせない会議が立て続けに詰まっていたため、残念ながら長兄一人が九州へ赴いた。
久しぶりに親類一同が集まり、不幸を悲しむとともに、なつかしい思い出や互いの子の成長などに話がはずんだそうだ。

強行日程にもかかわらず、兄弟を代表してこころよく行ってくれた兄には感謝の言葉もありませんが、持ち帰った土産を見て、思い出に残っていた親類の温かさがよみがえってきた。

福岡の菓子といえば「ひよこ」。
ひよこの形をした饅頭ですが、小学生の頃に親類宅を訪れた際に出されたひよこを、ガツガツと3個4個食べて笑いを取ったことを思い出しました。

「さつまあげ(てんぷら)」は、確か九州では形によって丸天、角天と呼んでいたのを思い出しました。「てんぷら食べる?」と聞かれ、海老や茄子などの「天麩羅」を想像したら、出てきたのはさつまあげで、子供心に「違う!^^」と地方の食を初めて意識したのを思い出しました。

「うまかもん」は高菜と明太子をあえた漬物。辛子明太子は今も大好物で、ご飯が進みます。ネーミングも博多らしくていいですよね(^^)

そして何よりも改めて感じたのは、少しずつでも持ち寄って「これを持
っていって」と土産を持たせてくれる九州人の温かさ。昔と変わりません。これからもお付き合いを大切に続けていきたいと思います。

春日原の駅がなつかしい。
できれば一度子どもを連れて行きたいな。わたしが親にしてもらったことを子どもにも伝えたい。
年末年始に飲むワイン@                           (2005/12/22)
ようやく仕事が一段落し、年末年始に向けてのワインを選ぶ気になれた。そこでさっそくセラーを物色してみたが、飲み頃のワインがあまり見当たらない。
90年や82年などのボルドーは一人で飲むにはもったいないし、2000年ものなどはまだ幼児期にあるだろうし。
もともとボルドー中心だし、買い方も我ながらかなり偏っているので、飲み頃のワインを見つけること事体が困難なのは当然かもしれないですね。
そこで、白羽の矢が立ったのが写真のワイン。
左から
ドメーヌ・グローザン・ヴィオニエ2004/ヴァン・ド・ペイ・コート・ド・トング
シャトー・オーブリオン1994/ペサック・レオニャン
シャトー・パヴィ1999/サンテミリオン
レ・プランティエ・デュ・オーブリオン1995/ペサック・レオニャン
シャトー・ラ・モンドット1995/サンテミリオン
コート・デュ・ローヌ・ヴィラージ
ュ・ヴィエイユ・ヴィーニュ2000/シャトー・デュ・ムール・デュ・タンドール
アラン・パレ・シラー・ル・サンケ/ヴァン・ド・ペイ・オック

パヴィはあえて力強さに期待。プランティエはそろそろ飲み頃でしょう。ラ・モンドットはデュルノンクールが手がける前のものですが以外と好きなんです。ターンドルは個人的に2005年のMVPワイン。グローザンのヴィオニエとシラー・ル・サンケはコストパフォーマンスに優れたワイン。未知ですが期待してます。オーブリオンは若干早い気もしますがトリを務めてくれるでしょう。

ワインのコレクターではありませんが、どのワインを飲もうかと先々のスケジュールと照らし合わせながら選んでいるときって、実は幸せな時間だったりします。
皆さんも何か趣味に没頭しているときってそんな感覚になりませんか?
ともあれ、まだ年末年始に飲むワインは増えるかもしれませんが、第一弾が決まりました。

とある夕方の風景                               (2005/12/19)
仕事帰りの六本木の風景を携帯電話のカメラで撮ってみました。六本木ヒルズは仕事上、月に一度は傍まで行きます。お昼はよく食べに行きますね。下層階にあるシネコンや店舗などはパンフの案内図がないと、素人は完全に迷ってしまいます。もちろんわたしも未だに^^;
何だかこうやって夜のヒルズを下から眺めると、権力の象徴にも見えれば、繁栄の象徴にも見え、はたまた日本の経済や情報を支える人たちが一生懸命働いている姿も見えてきそう。
ヒルズにはワインショップエノテカも入っていますが、品揃えが淡白な印象があり、あまり利用しません。上層階には美術館や展望台もあり、半日くらいは十分に楽しめると思います。
昼間の六本木と夜の六本木は、表情がガラッと変わります。夜は大人の街です。いつも後ろ髪惹かれつつ帰るのでした^^
六本木の喧騒から離れ電車に揺られること1時間半。自宅の最寄り駅に到着。いつもと違うコースを歩くと、地元では有名な社長宅が目に入りました。すごい電飾です。外観もこれだけすごいのですが、近づいてみると700uはあろうかという庭も動物やクリスマスツリーの電飾で輝きまくっています。いやはや身近にも“プチヒルズ”を見つけました^^

そんなこんなで家に着くと、小さくても我が家がほっとしますね。
一昨日あけたワインを飲みながら昨日より味がこなれただのああだこうだ言いながらパソコンたたいてネットサーフィン。時に子供の相手をして遊ぶ。我が心の六本木ヒルズは我の中にあり。
ワインとどう付き合う〜らぶらぶわいん編@             (2005/12/1)
じつは最近テイスティングをしていて(といっても単にワインをチビチビ飲んでいるだけですが^^;)壁にぶちあたりました。

私の場合、飲んだワインの感想を活字にしてをサイトで公開していますが、改めて読み返すと、自分の嗜好が偏っていることに気付きました。購入するワインはある程度嗜好に沿って買うわけですから、似通ったコメントになることは不自然ではないと自己弁護しますが、ワインを表現する視野が狭いことに改めて気付きました。また、再び飲むときの参考とするため、飲んだワインを20点満点で達観評価していますが、振り返ると13点以下が付くことが稀でした。だいたい14〜16点くらいが付くんですよね。明らかに「こちらのほうが好みだ」というワインがあったとき、過去につけた点数から矛盾が生じることもあり、これについては折を見て別の方式に変えようかと考えています。

ワインを表現する視野についてですが、これはあくまでも自己満足の域なのでどこまで追求するかでしょう。わたしはワインについて素人ですから、これからもたくさん飲んでいけばさまざまなワインのニュアンスを覚えるのかもしれませんが、ある程度勉強するのも悪くないかなぁなんて思ったりしています。

とすると、ワインスクールに通う?何か資格でも狙ってみる(言うだけなら簡単^^;)?どうする?どうするのらぶらぶ?<つづく>
ワインの点数・評価との付き合い方                   (2005/10/25)
rientさんのブログのワインの点数評価の記事をみてわたしも思うことを綴ってみます。

皆さんは日常生活でのいろいろな場面を、知らず知らずのうちに点数などで表現していませんか?
たとえば、「作品の出来ばえは?」と問われ、「う〜ん70点!」などなど。

実は、市場に世界中の市場に出回っているワインにも点数が付いています。正しくは点数を付けている人や団体があります。著名なワイン評論家や批評家たちです。また、そのワインについて、味わいなどの所見も細かくリポートされます。現在では、彼らがワインを飲み、点数を付け、その情報で市場が変動するという図式が出来上がっています。
たとえば、ある評論家が昨年90点を付けたワインが、今年になって再度試飲した結果95点が付くと、その価格は2〜3割上昇する場合があります。そんなとき、こうした点数を盲信する消費者は、点数に一喜一憂することになります。おそらく「このワインは有名な評論家が○○点を付けたから買いだ!」などという人もいるのではないでしょうか。

ワインは農作物といえます。原料となる葡萄は、国ごとに土壌や気候に合った品種を育てていますが、土壌の潜在能力や天候条件などで味が微妙に変化します。一般的に、日照時間が多く適度な降雨量があれば、健全な葡萄が育つといわれています。当然、よい天候に恵まれた年、恵まれなかった年と、作柄は分かれます。同じ年でも、産地や造り手の醸造次第で、ワインは十人十色になるわけです。

飲み手であるわたしたちも十人十色です。濃いワインが好きな人や、やさしいワインが好きな人など嗜好はさまざま。実際に自分の舌で味わわないことには、そのワインが自分の好みに合っているかは分かりません。
わたしは、この点数を全面否定はしません。一個人がワインを消費するペースには、資金も時間も限界がありますから、未知のワインを買う際には、参考にします。
硬く考えて構えずに、あるものは利用しよう。何も情報がないより、あったほうがよい。といった程度のスタンスですね。
評論家の傾向を掴み、自分の尺度にうまくあてはめることで、自分に合った情報として活用することができるでしょう。もっとも、どのワインのコメントを見ても、同じ表現に終始しているようにも感じますが…。たとえば濃いワインに好意的なコメントをする評論家もいますから、濃さを褒めていたら、優しい味わいが好きなあなたには合わないかもしれません。

皆さんもスーパーのワイン売り場などに行ったら、商品棚の表示や紹介文などを気にして見てください。「○○氏が92点を付けた!」や「○○ポイント88点」などの表示があるでしょう。その際には、点数を気にせず、味わいのコメントなどだけを参考にしてみましょう。情報に左右されず、利用しましょう。
頼れるのは自分の舌。自分に合ったワインを選べたときの喜びはひとしおですよ^^
「無振動」って簡単に言うけれど^^; ペルチェ式冷却ワインセラー (2005/10/3)
今日はちょっと難しい話・・・かな^^;

皆さんは「ペルチェ式冷却」なんて言葉を聞いたことはありませんか?
心当たりがないかたは、ホテルや旅館の客室で、音も振動も聞こえない小型の冷蔵庫を見たことはありませんか?そうそう、あのあんまり冷えない冷蔵庫です^^;。
ホテル客室の冷蔵庫や車載用クーラーボックス、そして今時では温度変化や振動を最も嫌うワインセラーに使われる「ペルチェ式冷却」。簡単に言えば、電流を流すと熱が奪われるシステムのことで、コンプレッサーなどを使用しないため無振動での冷却が実現するのです。

ペルチェ式冷却は、1834年にフランスの科学者ペルチェが発見したもので、2種類の金属(アンチモン、ビスマス)を接合して直流電流を流すと、アンチモン→ビスマスの接合部分では発熱し、ビスマス→アンチモンの接合部分では吸熱します。この配列を交互にいくつも直列で接続し、大型冷蔵庫大のワインセラーにも応用しているのです(ちなみに電流の向きを逆にすれば吸熱部と発熱部も入れ替わります)。また、温度の幅を広げたい時は、モジュールを厚くすればよく、構造はいたって簡単。冷媒を必要としないので、ペルチェ配列のモジュールと直流電源があればOKなんです。高精度の温度制御が可能で、可動部分が一切ありません。シンプル・イズ・ベスト。難点をあげれば、消費電力に対して冷却効率があまりよくないことでしょうか。これはコンプレッサー方式などに分があります。

ともあれ、ワイン愛好家なら一家に一台はほしいワインセラー。あらためて構造が分かったところで、どれにするか悩んでみるのも楽しいものです^^。
聖ヴァンサンが眠るワイン                        (2005/9/12)
フランスボルドーのグラーヴに、知る人ぞ知る偉大なワイン、そして逸話が残るワインがあります。ボルドー市の中心から国道650号線で約4キロほど離れた位置。国道を挟んでかの1級シャトー「シャトー・オーブリオン」の向かいにある「シャトー ラ・ミッション・オーブリオン」。その始まりが17世紀といわれるシャトー ラ・ミッション・オーブリオンは、ワインの守護神・聖ヴァンサンを象徴としていることでも有名なシャトーです。

〜かつて聖者ヴァンサンは、天上で喉が渇くたびに、フランス各地に点在する偉大なワインの味を思い出していました。とうとう我慢が出来なくなった聖ヴァンサンは、地上の葡萄園の視察をするため下界に戻してほしいと天使に頼みます。天使は、天上に戻る時間を約束することを条件に、その願いを聞き入れました。
ところが、聖ヴァンサンは、各蔵を巡ってはワインを味わうのに夢中になリ、約束の時間がきてしまいます。約束の時間が過ぎても戻らない聖ヴァンサンを探しに、天使は下界を探します。そして、すっかり酔いつぶれ、正体を失った聖ヴァンサンを見つけます。そこはシャトー ラ・ミッション・オーブリオンの蔵でした。聖ヴァンサンは、シャトー ラ・ミッション・オーブリオンを訪れた際、修道士たちの熱烈なもてなしを受け、酔いつぶれてしまったのです。天使は、聖ヴァンサンを連れて帰りたいのはやまやまでしたが、天上で規律を破った悪い前例を許すこともできず、聖ヴァンサンを石の姿に変え、そのまま一人天上に戻りました〜

今日、聖ヴァンサンは頭巾をゆがめてかぶり、目をとろんとさせ、手には崩れた葡萄の房を持った姿で敷地内の小さな教会の祭壇にまつられているといわれています。
坂本九さんのワイン                             (2005/8/29)
2005.8.27に山梨のシャトー勝沼を訪ねました。団体ツアーだった こともあり、残念ながら個人の樽蔵を拝見する時間はありませんでしたが、 ガイドから聞いた情報を要約して紹介します。

坂本九氏は、生前から年に一樽(390リットル・フルボトルワイン約50 0本相当)を購入し、樽ごと同シャトーのカーヴで眠らせていたそうです (もちろん今も眠っています)。必要に応じ、瓶詰めして引き取っていたよ うです。嗜好は白で、今も保存している樽の中には白ワイン(「甲州」)ば かりとのことです。

ちなみに、「甲州」は山梨県の古い地名でもあります。山梨県発祥の品種で、 日本古来の品種です。日本のブドウ栽培のルーツは、1186年に甲斐国八 代郡祝村(現在の勝沼岩崎)の住人、雨宮勘解由が道端で自生していた甲州 種を見つけ、庭に植えて栽培したことという説があります。いずれにしても、 甲州種は日本古来のブドウを語る上で非常に重要な品種です。

話を戻しましょう。坂本九さんが亡くなってからは、約10年ほどの間は婦 人が続けて樽購入をしていたようですが、その後は新たに購入されてない様 子です。ちょっぴりさびしい気もしますね。最近では、一年ほど前に旅行に 持っていくとのことで1本引き取ったそうです。直接訪れるのは稀で、ほと んどが配送でのやりとりだそうです。

保存しているワインの今後ですが、寄付やチャリティーなどといった具体的 な方向性などは語られていないとのことで、具体的な意向があるまではこの ままお客様の商品として引き続き保存を続けるとのことでした。 ワインは飲んでこその嗜好品ですが、偶然にも亡くなってしまった坂本九さ んの遺品ともいえるワインを思うと、後世に残ればそれは所有者がワインと 共に生き続けているような不思議な気持になります。

自分が今いる証を残すためにもワインを買い、飲み、伝え続ける。そんなワ インライフもよいかもしれませんね。
20000アクセスを通過して                       (2005/7/2)
一応節目ということでコラムに残します。書いておかないと後々振り返る際に、今の思いを失念していることが予想されますので…(^^;

本日当サイトが2万アクセスを通過しました。いつもご訪問いただく皆様に感謝申し上げます。アクセスの経過を見ますと、2004.2月に開設し、1年後の2005.2月に1万アクセス到達。そして5ヵ月後に2万アクセス到達ですから、アクセス数はここ数ヶ月でだいぶ伸びているようです。ちなみに、開設から1000アクセスまでは2月かかりました(^^;

ワインサイトを立ち上げたのは、飲んだワインの感想や知り得たワインの情報を、後に振り返ることができるようにというのがきっかけでした。日本全国にいるワイン愛好家とネットを通して知り合えたらという思いもありました。おかげさまで、現在これらの希望は叶えられています。さらに輪を広げたいですね。

サイト運営の活力はワインへの好奇心と探究心ですが、アクセス数も活力の一つです。これからも多くの皆様に訪問いただきますよう、お願い申し上げます。

ワインの飲み方@                               (2005/6/10)
欲しいワインが気軽に手に入る時代。今日ワインは日本の家庭に普及してきたと感じる。ワイン愛好家でなくとも、「今やワインが食卓に欠かせない」というひとも多いのでは。にわかでなく本当にワインが日本の文化として浸透しているかは別として、ワインを身近に感じる人が増えたことは喜ぶべきことと思う。

ところで、ワイン好きにとって理想的なワインを飲むペース(周期)はどのくらいでしょうか。シュチュエーションによるので、無理にワインを飲む必要はない!という意見は別として、やはり毎日ワインを飲めればそれに越したことはなく、理想的でしょう。
では、毎日飲むとなると、一日一本なのでしょうか、それとも数日かけて一本なのでしょうか。私は数日かけて一本です。ワインと最高のマリアージュをみせる料理がそろったレストランやワイン会なら、仲間や雰囲気もあってワインも進むでしょうが、自宅でフランス料理を食べることが出来る人は少数でしょうし、相方が一滴も飲めないとなると、ワインと一人で付き合うことになります。また、一日一本のワインを消費するとなると、一本にかける金額も問題となってきます。美味いワイン=高いワインという式は成り立ちませんが、単純にそう考えれば、一本1,500円で計算すると、一月約45,000円になります。同じ45,000を使うなら、私はすこしでも美味しいワインを飲みたい。そして時間をかけて飲むことによる味わいの変化も愉しみたい。たとえば3,000円(但し美味しい)のワインを15本買うほうを選びます。

それに、仕事をしていて遅く帰ってきてフルボトルをあける時間も無いですしね。つまりは、生活のリズムや自分を取り巻く環境、そしてコストなどなど…さまざまな要素を勘案して自分にあったワインライフを送るということですね。そういった意味で、私は自分にあった身の丈のワインライフを送っています(^^)

安くて美味しいワインを買わなければいけない。美味くても高いワインはだめだ。といったことだけでは、ワインライフの根底にあるワイン選びは成り立たないと改めて考えます。人それぞれのワインライフ、それぞれがきら星ですね。
ワールドカップ・ドイツ大会 出場決定 最終予選 日本―北朝鮮戦(2005/6/8)

2−0で北朝鮮に見事勝利した。特に2点ともFWが得点したことの意味が大きい。先にあるW杯でのFW布陣に大きな収穫があったといえよう。気温・湿度ともに高く、過酷な条件の中で選手はよく戦った。

試合を振り返ると、前半は日本のDFの相手選手へのチェックもやや緩慢で危ないシーンも何度かあった。FWも相手のゴール前に詰めるに至らず、MF、DFもサイドをえぐるに至らなかった。今までの日本の典型的なサッカーだった。「90分かけて1点とりたい」サッカーだ。しかし、後半に入って大黒がピッチに立つと、展開は明らかに一転した。常にボールを追い前へ詰める大黒のサッカーは日本の求めていたFWスタイルといえるだろう。大黒の動きによってもう一人のFW柳沢が生きた。起点にもなり、前に飛び込むことも出来る器用なFW柳沢は、特に流れの中でよいアイデアの動きが魅力の選手だ。先制点はまさに大黒の動きと呼応して、流れの中での狙い済ましたゴールだった。グラウンダーのシュートとその正確さは欧州での経験が十分に生きていた。

2点目の大黒は、簡単なプレーに見えるかもしれないが、DFの最終ラインを飛び出すタイミングはFWにとって大事なセンスであり、何度もオフサイドをとられながらも、チャンスがあれば相手の裏へ飛び出すことを狙っていた大黒のプレーは賞賛に値する。
小笠原にも触れなければなるまい。前の試合、バーレーン戦でのゴールも含め、有り余る才能を如何なくなく発揮している。中田(英)や小野、中村が戻ってきても、もはや小笠原を前線で生かす布陣こそが、攻撃に厚みを増すことは言うまでもない。

そして残念なプレーもあった。もっとも、これは北朝鮮の9番キム・ヨンス選手の退場となった行為だ。試合中にも、同選手を含めて北朝鮮選手のプレーにはラフなシーンが見られたが、それは競技中の一部であること。日本だけでなく世界中のサッカー選手は落ち着いて対処する。スパイクの裏で蹴るあのような感情をむき出しにした危険行為は、今回の試合開催地決定となった苦い経験を全く反省していないということが世界中に浮き彫りになってしまう。長い年月、世界から孤立し、国際試合の経験が不足していることもあるだろうが、今後の北朝鮮サッカー界にとって、大きなマイナスイメージを世界に発信してしまったといえる。レッドカードを宣告された選手を必死になだめてピッチの外へ誘導する在日朝鮮人リ・ハンジェ選手の姿が印象的だった。きっと試合に負けることと同じくらい辛かっただろう。「これではいけない」という声が聞こえてくるようだった。
7月には、今度は東アジア選手権がある。北朝鮮には次こそフェアなチームの姿を見せて欲しい。

ともあれ、大黒・・・いいですね。今後もジーコジャパンに期待します。

サッカー・ワールドカップ アジア最終予選 日本―北朝鮮戦(2005/2/11)

「イギョラ チョソン(がんばれ朝鮮)!」。
2月9日(水)、埼玉スタジアムで行われたサッカー・ワールドカップ アジア最終予選の日本対北朝鮮戦。観客席からは「ニッポン」コールと「イギョラ チョソン(がんばれ朝鮮)!」の声援がこだました。拉致問題や核問題で世界から孤立し、日本との交友も悪化したまま北朝鮮。しかし、サッカー(スポーツ)選手たちに国境の壁、政治的な隔たりはなかった。

試合は前半3分に早くも動いた。ハーフラインを越えた敵陣ペナルティエリア近くでサントスがもらったファウルで、FKを蹴ったのはMF小笠原。壁を作る北朝鮮選手の頭上を越えたボールは、綺麗なカーブで直接ゴール左隅に吸い込まれた。思い切りよくシュートを意識して狙った小笠原はあっぱれ(^^)。もし、GKにはじかれても、詰めていたFWが押し込むことが出来ただろうと思わせる、枠を捉えた絶妙の弾道だった。
しかし、前半途中から北朝鮮が選手交代をすると、形勢は一気に北朝鮮へ流れた。北朝鮮選手のボールを奪う・キープする・シュートする執着心がまざまざと見えて取れた。そして後半に入り、61分にDFナム・ソンチョルに同点弾を許した。日本の中盤の守備陣は、ゴール前にスペースを作るまいと、ボールを持つ北朝鮮選手に張り付き、DFはゴール前から動けなかった。その結果、思惑とは裏腹にゴール前に突破されるスペースが出来、ナム・ソンチョルにシュートを許してしまった。GK川口も、ペナルティエリア外から撃ってくるとは思わなかっただろう。あまりに油断した一瞬だった。
しかし、直後にジーコ監督が動いた。FW高原、MF中村と欧州組の選手を次々と投入した。この采配に迷いは無かったのだろう。相手ゴールでDFに競り負けず、ヘディングに定評がある高原と、キープ力に優れ、攻めあがった選手に的確にボールを合わせる中村の投入が、北朝鮮に傾いていた流れを呼び戻した。北朝鮮の選手も疲れていただろうが、この二人の動きで、隊形と意識が守備的になった。完全に守りに入って引いた北朝鮮は、こぼれ球をカウンターで仕掛けるだけの単純な布陣となり、日本は全選手が攻撃に転じることができた。そして最後の交替選手FW大黒が投入されると、日本は怒涛の攻めを見せる。しかし時間が無い。大黒はゴール前を離れず、チャンスボールを常に待ったポジションをキープしていた。そして、ロスタイムに入った91分に、奇跡の勝ち越しゴールが生まれた。

辛くも勝った日本と、惜しくも敗れた北朝鮮。選手たちの試合内容に、政治的なわだかまりや憎しみは見られなかった。ボールを通して気迫溢れるプレーだけがそこにあった。
両国の客席が完全に分離される中、カラフルな民族衣装で応援を続けた北朝鮮のサポーターたちも、「歴史的な試合」「日本サポーターから温かい拍手をもらった」と試合を振り返った。

サッカーを通して、選手どうし、サポーターどうしのわだかまりが少しでも消えたなら、それだけでこの試合の持つ意味は大きい。少しずつでもこうしたお互いの理解が、やがては友情に変わる日が必ず来るはずだ。

イラク(2004/11/3)                    
イラクで日本人5人目の死者がでた。香田証生さんが首を切断され殺害された。
イラクでは何が起こっているのか、何がイラクをそうさせるのか。いったいイラクはどうなってしまったのか。

何が目的だったのか。自衛隊の撤退を本当に求めていたのか。どうして人の命に矛先が向くのか?実行犯にも家族がいるだろうに、もし戦争で失っているなら、失う悲しみを誰よりも知っているはずなのに、簡単に、そして残忍に若者の命を奪うのにどんな理由があったのか。

人の命は数で数えられるものでない。これ以上、犠牲を増やしてはいけない。イラクの復興のためというなら、もう武力で制圧するようなやりかたは変えるべきだ。これだけ時間をかけて世界的に復興を支援しているにもかかわらず、治安がさらに悪化し、貧困は絶えない。人道的支援が必要なら、イラクも世界に人道的な姿勢を見せるべきだ。

イラクがあと何十年かかけて復興しても、犠牲になった世界の人たちは美談になんてならない。亡くなってしまった現実がただのこるだけ。テロに屈するのではなく、イラクにさじを投げる選択もあるのではなかろうか。支援が本気で必要なら、イラク国内で議論すればいい。そして必要性を世界に発信すればいい。ありがた迷惑に思う人たちがいる以上、自衛隊の派遣が有効とは思えない。まずはイラクの国内で、世界的支援の是非を決めさせなければ、いつまでたっても操られている思いがきっとイラクの人たちからぬぐえないだろう。これ以上の自衛隊の派遣延長は賛成できない。

香田さんの遺族は本当にお気の毒だ。メディアからも無謀だと非難を浴び、最悪の結果を迎え、それでも「イラクの平和を願う」というコメントには頭が下がる。
確かに香田さんは無謀な行動をとったのだろう。現地人の忠告にも耳を傾けなかったのかもしれない。考えが甘いといえばそうなのかもしれない。でも、そこに香田さんが拉致され、命を奪われる理由は何一つ無い。これ以上、なくなった人やその家族に非難を浴びせるようなことは、報道も家族を取り巻く人にも慎んでもらいたい。

日本はそろそろ本気で考えなければいけない。日本自身が自らの考えによって行動するべきだ。日米の同盟は、自衛隊を撤退すると安保も含めて影響があるのは間違いない。ただ、その姿勢をまず世界に見せるべきだ。
ジャーナリストでもなく、自衛隊の関係者でもない、純粋な民間人である香田さんの死は、非常にショッキングだった。決して無駄にしてはいけない。非難する前に考えなければいけない。
パ・リーグプレーオフ(2004/10/11)                    
本日、パシフックリーグのプレーオフ、第2ステージの最終戦が行われる。
2勝2敗の5分で迎えた両チームの運命やいかに・・・

さて、このプレーオフ方式は今シーズンから採用されたもので、『消化試合がなくなる』、『盛り上がり、ファン獲得につながる』といった賛成意見もあれば、『レギュラーシーズンで1位である意味がない』といった反対意見もあり、まさに賛否両論を呼んでいる。

通常のシーズンよりも多くのドラマが生まれ、3位のチームにもチャンスがあるというこの制度は、現状を見る限りでは、ファンからは支持されているのだろう。ただ、1位でレギュラーシーズンを終えたダイエーの選手を思うと、なんだかいたたまれない。それもそれなりのゲーム差をつけてシーズンを終えたのだから。もし、レギュラーシーズンを2位で終えたライオンズに負けてしまったら、シーズン中の真剣勝負は何だったのか・・・と選手がふてくされても、何ら不思議ではありません。逆にライオンズは、勝てば『実力で勝った!』という選手がいるのでしょうか?レギュラーシーズンを4.5ゲーム差で離されて終えたのだから、そう言える選手はいないでしょう。逆に『ラッキーだった』または『してやったり』と言うのが選手の正直な感想でしょう。はたしてラッキーなどといった要素をもって、リーグ王者を決めてよいのでしょうか?わたしはそこが釈然としません。

プレーオフ第2ステージに臨む前の西武の選手のコメントに、こんな言葉がありました。『チャレンジャーとして胸を借りて』や『一度死んだ身ですから』というものです。西武の選手のことばは、スポーツマンらしくあるようで、実はとんでもない言葉に感じるのです。胸を借りて真剣にチャレンジするのはレギュラーシーズン中では?一度死んだ身で再挑戦してよいのか? 甚だ疑問です。

このプレーオフ制度は、裏を返して言えば、レギュラーシーズン3位でよいということになります。これを可とするか否とするかです。盛り上がりだけを見て判断しては、レギュラーシーズンそのものの価値を落しかねません。今のプレーオフは、短期決戦を無理やり用意して、『盛り上がり』を人工的につくっているように見えて仕方ないのはわたしだけでしょうか。

話は少し広がってしまいますが、この問題は、今シーズン中で話題となった、組合と球団との交渉内容にも大きく関係しているように思います。球団の経営努力の怠慢、球団同士の競争意識のなさが、セ・リーグでいう、巨人と他球団のように、球団の力の差が開いてしまう結果を生むのです。幸いにしてセ・リーグでは他球団が資金だけではつくれない、チーム力を生かして、巨人を翻弄していますが、パ・リーグでは正直、ダイエーがダントツです。ダイエーの球団努力がもたらしたチームの強さを無視し、人工的なプレーオフで他球団にもチャンスを与えようなどとは、更なる怠慢に過ぎません。プレーオフで見られる盛り上がりやドラマ、感動は、本来はレギュラーシーズン中に見せてくれればよいはずです。レギュラーシーズンでは6球団に等しく優勝の機会があるのですから。

このプレーオフにあわせて、セ・リーグの試合日程が散漫になるのも問題です。選手は、調整に苦慮することでしょう。投手はとくに登板日の間隔が開き、コンディション維持にも一苦労です。

現在試合中。松坂と新垣が投げ合っています。ダイエーが勝てば『やっぱり勝ったか』 西武が勝てば、『ダイエー可愛そうに』そんな声が想像できるプレーオフは、選手やファンを育てても、球団を育てることはないでしょう。
イベントとしてのプレーオフでの興行収入だけを当てにせず、たくましいチーム力の向上を目指して、今シーズンを生かして欲しいものです。